マース・ヒューズ中佐の子犬3

『で?どう言う事か、説明してもらおうか?』
 何時、連絡が行ったのか解らないけれど、今回の事件がながれたらしく、電話の向こうで怒り狂う親友の声は何時になく厳しかった。
「…すまん。ちょっとばかり浮かれてた」
 家に可愛い天使が居ると言った言葉を、女が居るのだと思い込んだらしいと事の成り行きを説明して。
 素直に謝れば、仕方ないと言うような溜息が聞こえた。
 どれだけヒューズが、ハボックを大事に思っていたか知っているだけにそれ以上強くは言わない親友の気持ちに感謝する事しか出来なかった
 けれど。
 下手をすると今回の件で、ハボックの存在が他にも流れた可能性もあるぞ?
 苦虫を噛み潰したような口調に、気を引き締める。
「解ってる。それに関してはちょっとばかし、探りは入れてみた」
 けど、今のトコは何処にも漏れてる様子はないと告げれば、親友は今度こそ少しだけ和らいだ口調で言ったのだ。
『お前にとっては大事な想い人だろうが、私にとっても大事な部下だ。……気をつけてやってくれ』
 少しだけ、照れたような口調と共に通話は切られて。
 唖然とする気持ちと、面映い気持ちを抱いて、ヒューズはそっと受話器を置いた。
 そして。
 一言だけ呟いた。
「…おいおい、良いのかよ。そんなに大事な部下、俺んトコに置いといて」
 俺なんて、どれだけ悪いヤツかお前、知ってるだろうに。
 そんな風に思いながら。
 切ないような。
 けれど、幸せな笑みをその口元に浮かべた。
 前途多難だろうけれど、それでもあの青年が傍で笑っていてくれるならもう何でも良いと思えるくらいには愛しくて。
 親友も、その副官も。
 表だってではないけれど、応援してくれるなら幸せになってやろうじゃないかと頬を緩ませる。
「中佐…?…」
 小さな声が、遠慮がちに呼ぶのが聞こえて振り返れば、絆創膏や包帯で痛々しい姿で立つ、小さな子供が一人。
 所在無げな様子で立っている。
「…もうちょっと、寝てなきゃダメじゃねえか」
「……はい、でも」
 少しだけ困った様子で、けれどおずおずと近付いて来たハボックが、そっとしがみ付いて来るのに驚く。
「…ハボック?」
「中佐も、一緒が良いです」
 恥ずかしいのだろう。
 消え入りそうな声で言われた言葉に、年甲斐もなく顔が赤くなるのを自覚して、息を飲んだ。
 けれど。
 ぎゅっと、自分のシャツの裾を掴んだ手や俯いているハボックの耳が赤くなっているのを見て、苦笑する。
『確かに、家にハボックが居る状態でお前に浮かれるなと言うのも酷な話だがな』
 良い年をして、二人して何をしているんだろう。
 子供の初恋のような。
 拙さに。
 それでも、幸せを噛み締めた。
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マース・ヒューズ中佐の子犬3

 けれど。
 ドアを開いた瞬間。
 そこには、ヒューズが立っていたのだ。
「中佐っ!」
 走り出た勢いのままに抱き付けば、物凄い力で抱き締められた。
「……っ、ち、中佐っっ」
 その姿に動揺した軍曹はそれでも、相手は幼い子供の事だ。
取り繕う事くらい出来ると思っていたのだろうか。
 媚びるような口調で、近付いてくる。
「中佐、な、何か物取りらしいっスよ?」
 無事で良かったっスね。
「何かこの子、恐怖で混乱してるみたいっスけど、犯人はもう逃げたみたいです」
 言った瞬間、その額には無機質な鋼が押し付けられた。
「ち、中佐っ?」
「言う事は、それだけか?」
 ガチャリと音を立てて、引き金に指がかかったのを見て震え上がった。
「俺の大事なハボックをここまで嬲っといて、シラ切れると思うなよ?」
 つか、お前何の目的でこんな事仕出かした?
「…姉貴の仇討ちか?…俺に対する恨みか何かか?」
「…な、何でそんな子供の言う事なんか、信用するんスかっ」
 同じ軍人である自分を、何故信じてはくれないのかと言う軍曹にヒューズは冷笑を零した。
「当たり前だろう?ちょっと、ハボックと似てるって思ったお前とハボックなら、ハボック取るに決まってんだろ」
 やっぱ、似てるって程度の類似品になんて眼をかけるんじゃなかったぜ。
 いかにも忌々しいと言う口調で話すヒューズは、腕に抱いた子供に話しかける。
「大丈夫か?ハボック。…すまなかったな、俺が不用意に家にお前が居る事をちらっと漏らしちまったから」
 こんな事になったと告げるヒューズの言葉が、胸に痛く。
 だから、擦り寄るようにしてその腕に身を預けた。
 やり方を間違えたのは、本当だけれど軍曹がヒューズに抱いていた好意は、本当なのだろう。
 それを、ヒューズは知っている。
 知っていて、けれど気付いていないフリをしたのだ。
 多分、気付いている事を知れば軍曹は、それ以上に惨めな気分を味わう事にも気付いているのだ。
 だったら。
 ハボックも知らないフリをするべきだと思った。
「…いいっスよ。研究所や、モグリの錬金術師に知られるよりはマシじゃないっスか」
 そんな言葉で茶化しながら、ハボックはヒューズの胸に擦り寄った。
 そんな甘えた態度は気恥ずかしいけれど。
 こんな事で、この酷く優しい人の傷ついた気持ちを慰撫出来るなら良いと思いながら。
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マース・ヒューズ中佐の子犬3

 好きで。
 けれど、そのヒューズが特別に構う相手が居ると知って、居てもたってもいられなくなったのだろう。
 どんな相手か値踏みするつもりで、やって来たのだ。
 そして。
 どうしても、許せなくなったのだ。
 こんな男の子供の。
 しかも余分な付属品まで付いているような、公になれば人間として扱われないような生き物が、あの上官の大切な相手だなどとどうしても認められないのだ。
「くそっ、どうしてだよっ」
 言いながら、何度も何度も叩かれた。
 まだ骨も筋肉も柔らかな体は、軍曹と同じ鍛えられた軍人の肉体を持っていたハボックと同じようにはいかず、殆ど抵抗らしい抵抗も出来ずに、殴られるままになっている。
 いい加減、何処かが折れるか何かするんじゃないかと思えるくらいにサンドバック状態だ。
 けれど。
 殴っている相手の方が、痛くて泣きそうな表情をしている。
 泣きそうな顔していて、どうにか殴る手を止めさせたいと思いつつ、けれどもう意識は半分くらい跳んでいて。
 ただ、ボンヤリと考えていた。
(どうしよ…。こんな怪我、見たら中佐ビックリするだろなー)
 そんな状態も知らないだろう軍曹が、その少しでも力を入れたら折れそうな首に手をかけようとした瞬間、ハボックは反射的に軍曹の腹を蹴り上げていた。
「げふっっ」
 元々、みっちりと訓練を受けていたハボックである。
 幾ら、幼い子供の体とは言え何処を狙えば少ない力でも、効果のある攻撃が出来るのかくらい熟知している。
 その小さな足で鳩尾を狙って蹴り上げると、崩れ落ちた軍曹を体の下から這い出して、全力でドアに向かって走った。
 外には決して出ないように言われたが、瀬に腹は代えられない。
 殺されるよりはマシと判断しての行動だった。
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by momomame  at 00:34 |  小説 : マース・ヒューズ中佐の子犬3 |   |   |  page top ↑

マース・ヒューズ中佐の子犬3

『本当に、中佐はアンタに様子を見に行くように言ったの?』
 中佐は個人的な事を、部下に頼むような人じゃない筈だと言われ、まるで自分はるあの上官の事を良く知っているかのような言葉に更に頭に血が上った。
 何処かの研究所のモルモットの癖にと、我を忘れる程の怒りを覚えた。
 その瞬間。
 何も考える時間もなく、反射的に腕を振り下ろしてしまっていたのだ。
 子供の躯である。
 殆ど本気の力で殴ってしまった躯は、オモチャのぬいぐるみのように勢い良く吹き飛んだ。
 ガッ。
 大きな音を立てて、壁に激突するのをアーリーはまるで現実感なく見詰めていた。
 子供に怪我を負わせた事に、全く後悔はなかった。


◆◆◆


 ガツッ。
「……っっ」
 あまりの衝撃に何が起こったのかも解らず一瞬、目の前が真っ暗になる。
「ケッ、モルモットのガキがっっ、何でお前みたいなのが中佐の部屋に居るんだよっっ」
 苛立った様子でシャツの胸元を掴んで、引き摺り立たされて漸く自分がこの軍曹に殴られた事に気付いた。
「……っっ、けふっ」
 何がどうなったのかと見上げた先には、軍曹の顔を見て更に驚いた。
 何が何だか判らないけれど、ひどく憎しみの込もった表情に困惑する。
 そして。
 それ以上にハボックを困惑させたのは、その彼の容貌だった。
 ひどく、元々のハボックに似ていたのだ。
 金髪碧眼と言うだけでなく、少し下がった目元も体格も冗談なくらいに似通っていて。
「…こんなモルモットのガキに、中佐は何で構ってんだよっっ」
 その。
 悲痛なくらいの叫びに、漸くハボックはなんとなく理解する。
 この軍曹は、ヒューズが好きなのだ、と。
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by momomame  at 23:10 |  小説 : マース・ヒューズ中佐の子犬3 |   |   |  page top ↑

マース・ヒューズ中佐の子犬3

「くそっ、女のくせにっ、なめやがってっっ」
 どんなに誠意の込もった言葉を尽くしても、ドアを開かない相手に対して、段々とアーリーは苛立ちを隠せなくなってくる。
(どんな女なのか、興味があるだけだってのにっっ、誰も襲おうなんて考えちゃいねーよっ)
 別に、ドアが開かれたからと言って、何をどうするつもりもなかった。
 開かれたドアの向こうに立っている相手を、どうこうするつもりなんて全然なかったのだ。
 だからと言って、だったらドアが開かれたらどうするつもりだったのだと言われれば、言葉には詰まってしまうのだけれど。
 ただ。
 ヒューズが《天使》と言った相手が、無償に見てみたかったのだ。
 あのマース・ヒューズに愛されている相手がどんな女なのか、見てみたかったのだ。
 ただ。
 それだけであったのだ。
 だから。
「何だ?ガキかよ」
 ドアが開かれて、そこに居たのが貧相な子供が一人だった事が衝撃だった。
 否。
 確かにただの子供ではなかった。
 普通の人間にはない筈の動物のような耳と尻尾をある子供であった。
 どこかの研究所か何かからも、預かりものなのだろうか。
 情報部の中佐にもなると奇妙なモノを預かる事になるのだろうかと、内心少しだけほっとする。
 なのに。
 その子供は言ったのだ。
 少し、怪訝そうな表情で。
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