マース・ヒューズ中佐の子犬

この状況を、どうしろと言うのだろうか。
 こういう場合の対処方法は、士官学校でも教えてくれなかった。恐らく軍の規定書にだって載ってはいないだろう。
 そんな事を暢気に考えてちょっと現実逃避したくなる自分を叱咤しつつ、この状況から脱出すべく、側にいる上司に助けを求めるように視線をおくってみる。
「大佐……」
薄情な上司は笑ったまま、助けてくれる気はないようだ。
まあ、最初からあまり期待はしてもいなかったけれど。
それでも落胆は抑えられずに、肩を落とした。
人より大きく育ってしまったハボックは、他人から頭を撫でられた記憶は随分昔のものしかない。多分、一番新しいものでも中学に上がる前のものではなかっただろうか。ハボックは成長期の随分最初の段階で伸び始め、以降士官学校を卒業しても伸び続けた。
だから。
この行為には、ひどく戸惑いがあるのだ。
まさか、この年になって年上の同性でその上、上官でもある相手に頭を撫でられるとは思いもしなかったのだ。
おまけにしっかりと肩を抱きしめられていて、逃げる事も出来ない。
これが同僚だとか嫌な上官だったりしたら別だが、自分よりも上官で直接の上司の親友で、何より相手が嫌いでないのが抵抗する気を削いでいた。
しかも相手は、抵抗すれば抵抗しただけ闘志を燃やしてきそうな人なのだ。
嫌がらせでもなく上機嫌で撫で回しているなら、するがままにしておく以外に穏便に済ませる方法がない事くらいハボックは嫌と言う程知っている。
自慢じゃないが、下手に逆らって酷い目にあった事は例を上げればキリが無い程だ。
それだけに、ハボックはその行為に深い意味なんて見出してもいなかった。
まさか。
ヒューズが本気だなんて、欠片も想像してはいなかったのだ。
何せ、変人と紙一重のような上司の親友なのだ。
多少の奇天烈な行動は、当たり前だとさして気にもとめていなかったのだ。
それが、後で自分をとんでもない状況に陥らせる事となるとは思いもせずに。
「嫌じゃないよな?」
 ご機嫌のヒューズに、嫌だと言わない事を疑ってもいない声音で断言されて。
ハボックは思わず目の前の髭面を睨んでみるが気にした様子もなく、ただ肩を抱く手に力が篭った。
離してやらないと主張するように。
確かに。
自分でも自覚はある。
嫌ではないのだ。
ただ困ってしまうだけで。
自分より大きな男の頭を撫でる事のどこがそんなに楽しいのか、ヒューズは飽きもせずにハボックの柔らかくて収まりが悪い髪を弄ぶように、頭を撫で続ける。
「…中佐……」
優しい記憶に誘われるのも原因としてあるけれど、ヒューズの手がとても気持ちが良いから困るのだ。
ヒューズは東部に来る目的を、ハボックを構いたおして甘やかせる為だけと公言して憚らない。
一応は、仕事もしているが(おい)
「大佐!これって、セクハラですかね?」 
「気持ち良いって顔してたらダメだろ」
 怒るに怒れず、頭を撫でられ続ける事に耐えられずに、上官に憎まれ口を叩いても、にっこり笑いながら交わされてしまう。
「ヒューズ…頭を撫ぜて、セクハラで訴えられたら軍部初の案件になるかもな」
 ロイが楽しそうに茶化す。
 そうだった。
 どうせ、親友。
 類は友を呼んでいる事に今更、気付かされて泣きたくなった。
「訴えるなら、せめて手を握ってからにして欲しいなぁ…おじさんとしては」
 そう言いながら腰に手が回され、撫でられていた頭が引き寄せられた。
 そして、また。
 なでなで。
 なでなで。
 そんな長閑な状況から一変、こんな事態がやって来るとは思ってもいなかったジャン・ハボック少尉・二十四歳の春だった。
テーマ: 鋼の錬金術師 -  ジャンル: アニメ・コミック
by momomame  at 23:54 |  小説 : マース・ヒューズ中佐の子犬 |   |   |  page top ↑
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